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独り者のひとりごと 槇小奈帆 旅から戻ると2通の便りが届いていた。1通はドイツ文学者の池内紀先生からで、もう1通はＮＨＫの小野悦子さんからだった。2通とも消印は3月27日だから、翌日に着いたとすれば私の誕生日の日だ。池内先生のお便りはオアシス、飄々として土や木々や潮風の匂いがしてくる。  「悲しいお知らせです。小野さんが亡くなられました･･･」頭が真っ白とはこんなことを言うのだろう。事情がのみこめない。だって、じゃあ、この小野さんの手紙は･･･小野さんの封書には住所が書かれていなかった。すべてが済んだ後に投函するよう、お身内に託された 2月1日付けのその手紙は、最後のお別れのご挨拶であった。 新しく癌が出来ていたこと、その癌はとても元気なので4月6日のジァンジァン追加公演まで多分、自分はもたないだろうこと、幸せな人生であったこと、そしてあたたかなお気遣いや励ましがあって、最後に身内だけの密葬とする旨、和紙の便せんに美しい文字で淡々としたためられていた。58歳であった。突然のこととあまりの潔さに私はガタガタと震えた。 小野さんはＮＨＫ・ＦＭの「日曜喫茶室」のでプロデューサーで、昨年1月、番組に出演依頼の電話を下さった方である。ジァンジァン出演20年、パリ・シャンソンセンターからお招き戴いた「ヴィヴ・ラ・ルプリーズ97」特別ゲスト出演、11年ぶりのＣＤリリース、この三つを評価して頂いた。背水の陣で出した今回のＣＤである。番組終了後、問い合わせが沢山あって嬉しい悲鳴をあげた。越谷西高等学校の増田先生もその一人で、同校の芸術鑑賞会は小野さん経由で実現した。歌手人生が少し輝いて延びた。小野さんは私の音楽の理解者であると同時に恩人となった。 小野さんも私も「独り者」である。家が近く、行きつけの酒処も一緒という偶然が重なって、時折話がはずんだ。 「お互い、ひとさまに迷惑をかけないよう逝かなくちゃね･･･グダグダは困るわね･･･口だけ達者な長生きも嫌われるしネェ･･･」そんな不謹慎な笑い話は二度三度ではない。時には誰に気兼ねなどない独り者同士の深夜の長電話になった。仕事の話は殆どしない小野さんだったが、ジャンジャン閉館後の私のことが気がかりだったのだろうか・・・「マキさん、台本書いてみませんか？ 歌とおしゃべりで綴る番組です。お手伝いしますから。まずはピアフからです」「マキさん、いい音楽も大事だけれど、もう少し自分のことも考えないと･･･」「あとはプロデューサーに出会えるかどうかですね。音楽のわかるプロデューサーに・・」 最後の長電話が病院からであったことを後で知った。私は大バカである、気づかなかった。 4月30日、お身内から納骨式に出席のお許しを頂いて小野さんのふる里を訪ねた。美しい山あいの里には山桜や菜の花・タンポポが咲き、鯉のぼりが勢いよく風に泳いでいた。気丈にご挨拶をしておられたお母様に胸がつまった。でも友人はこう言った。「独り者の娘を見送って、多分ホッとなさっているはずよ」と。 母親とはそういうものかも知れない。私の母も案じながら逝ったのか。独り者の娘を。 どう生きどう逝くか･･･、 小野さんは毅然として立派な方だったけれど、達観しておられた方だけれど、余命３〜４ヶ月と宣告されてから、どんな気持で日々を過ごされたのだろう。最後に逢いたい人はいたのだろうか。書きかけの原稿や写真や想い出の品々や家具などは、どんな風に処分されたのだろう。小野さんは「独り者」の仕事人として「人生の締めくくり方」の一例を示して逝った。写真に向かって「ずいぶんじゃないですか？」と話しかける。小野さんは静かに美しく笑っている。 部屋を見回すといつのまにか沢山のガラクタが増えている。ぼんやりと処分の手順を考えたりする。郷里に植えてきた墓代わりの河津桜は無事 根を張るだろうか。問題は詩と譜面だけだ。 誰にでもその日は来る。私はまだ達観などするわけにはいかない。7月2日、キーノートの初日がある。歌い続けなければ･･･。「そうでしょう？ 小野さん」 小野さん、安らかに・・・ 槇小奈帆 |
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